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ドリルキングさん、 これからも参考作品欄をどんどん更新できるようご協力ください。
「受験の枠」という制約がない形でデッサンの研究ができれば私も勉強になります。 さてと、今回のデッサンでありますが技法的には (鉛筆の使い方などは)もう完成の域にあります。 あとは考え方やモチーフを眺めての「気づき」の世界の問題でしょう。 水とガラス、それぞれにもっともっと豊かな「表情」があるはずですね。
たとえば ガラスですが、割れたガラス板のひとカケラのことを考えてください。 ガラスというのは破断面が黒く(暗く)なります。(実際は緑っぽいですが) コップの底は厚くて丸いガラス板だと見なしましょう。つまり断面は黒のはずです。 見えている手前の部分が底板の断面に相当するわけですね。 コップを手で持ち上げていろんな方向にかざして眺めてみてください。 底(の厚みの部分)が黒く見えるときに、そのコップの「ガラスらしさ」が最もでている・・・と考える(感じる)わけです。
これは一つの例にすぎませんが、質感表現のための「気づき」の場面(状況)はいくらでもあるはずなのです。 それでは水の表現のためには何があるでしょう? ガラスの透明度の表現がどうでしょう?・・・となります。 ドリルキングさんの場合は質感表現は技術の問題ではありません。
昔、大衆食堂などで使われていたコップに少し色のついた安っぽい透明プラスチックのコップがありました。 使われていくうちに細かい傷がついて、だんだん半透明になるのですね。あれはガラスのようなスカっとした透明感ではありません。 あのコップを描けば・・・ドリルキングさんなら最高の質感を表現できると思います。
もしこのデッサンをあのプラスティックコップを描いたといわれたら、私は質感表現の適切さに驚いてひっくりかえったことでしょう。<笑> 半透明・半光沢のドリルキングさんの表現力はすごいものがあります。 |